(本ページの研究は須藤が大学院在籍時に実施したものです。農環研での研究内容はプロジェクトの公式情報を参照下さい)
研究テーマ「植物ダニの局所群集構造および季節動態を決定する葉面の環境因子の解明」
植物葉面の小型動物群集は、陸上生態系の主要な構成要素の一つである。とりわけ葉面を主要な生息場所とするダニ(植物ダニ)には、植物を加害する植食者、葉上のカビや有機物を食べる菌食者・分解者、それらのダニを食べる捕食者といった多様な群集が含まれる。植食性ダニの加害による植物の生産量・生理形質への直接的影響に加え、葉を利用する中大型の動物群集や、植物病原菌を含む葉面微生物との相互作用を通じて、葉上ダニ群集は生態系に少なからず影響を及ぼしていると予想される。にも関わらず、ダニの局所群集構造や各構成種の季節消長が、葉面の物理環境によっていかに制御されているかは、よく分かっていない。
私は2006年から現在まで、葉面が有する環境条件とダニ群集との関わりに着目し、森林樹木上での季節を通じた採集、室内および野外植物上での操作実験、モデル解析といった手法を併用して研究を進めてきた。大学院博士課程での主な研究対象は、植食者であるヒメハダニと、その捕食者であるカブリダニ類との種間相互作用系である。カブリダニを含む多くの植物ダニが葉の下面を好んで生息する一方、ヒメハダニは植物葉の上下両面を戦略的に使い分けている。この使い分けによって、ヒメハダニに対するカブリダニの捕食圧が緩和され、寄主植物上での両者の共存に寄与していること、そして葉の上面での太陽光による環境ストレス(紫外線および輻射熱の有害作用)が、ヒメハダニ個体群の季節消長パターンを決定していることなどが、これまでの研究により明らかにされた(主な成果)。
なぜ自然生態系でダニを研究するのか
冒頭の段落で、「葉上ダニ群集は生態系に少なからず影響を及ぼしていると予想される」と書いた。残念なことに、いかなる先行研究も本予想を裏付ける証拠を未だ提示できていない。
植物ダニにはナミハダニ等の極めて防除困難な農業害虫種や、その天敵(生物農薬)として用いられるカブリダニ等、経済上とりわけ重要な種が含まれる。そして植物ダニ学の歴史は、農業現場に忽然と現れる害虫種とその被害を把握し、抑制することを目指した応用学問の側面を色濃く有するものであった。もちろんその中から数々の独創的研究が生まれたが、ひとたび圃場の外に眼を向ければ、自然生態系には遥かに多くのダニが暮らしている。その営みについて私たちの知る事実は余りに少ない。
ダニ目(文献によってはダニ亜綱)という分類群が有する、食性幅や生息環境の広範さは、昆虫全体のそれに匹敵する。地球上の生態系を維持する上で、ダニが担っている機能(生態系サービス)が無視できない規模であることは容易に想像できる。足りないのは、それを解明する人手である。
実際のところ、例えばナミハダニが難防除害虫である理由は、彼女らが持つ爆発的な繁殖能力と、化学物質に対する解毒能力とが、偶然にも現在の農生態系に合致した形で発揮されているからに他ならない。今日に至るまで自然界で生き延び、進化してきた他のダニも、別の形でそれに劣らぬ凄い能力を持っていることだろう。ダニという生物が振るう力の一端を、人は垣間見ているに過ぎない。